人類の歩みを止めないために、新しいテクノロジーで世界に出ていく。
杉田聖威氏の話を聞いていると、仕事の話はいつも世界のどこかの現場へつながっていく。学生時代に旅したフィリピン。工場をつくったインドネシアとフィリピン。山火事に見舞われたボルネオ島。魚の養殖に挑んだ現地。武装勢力や覆面警察と向き合った場所。そこには、計画通りに進むことのほうが少ない、むき出しの現実があった。
商社でアジアに駐在し、外資系企業でセールスやマーケティングの責任者、カントリーマネージャーを務め、独立後はリクルーティング会社を立ち上げた。その経験を経て現在、株式会社メカリンクの代表取締役として向き合うのは、暑さによって人の行動が制限されるという、身近で大きな課題である。
世界を見て、人類の歩みを止めない。杉田氏の現在の挑戦は、過去のすべての経験が一本につながった先にある。
Profile
Kiyotake Sugita
杉田聖威(すぎた・きよたけ)
株式会社メカリンク 代表取締役。商社でアジア駐在を経験した後、外資系企業でセールス・マーケティング責任者、カントリーマネージャーを務める。独立後はリクルーティング会社を創業し、その後メカリンクの事業に参画。海外での事業づくりと数々の現場経験を経て、現在はパーソナルクライメートコントロール(Personal Climate Control)の考え方を軸に、空冷ベストをはじめとする暑熱対策のプロダクトを展開している。

Turning Point
フィリピンで受け取ったものを、仕事で返したい
原点の一つは、学生バックパッカーとしてフィリピンを訪れた時の体験だ。旅の途中で入ったのは、決して豊かとはいえない地域だった。そこで暮らす人々は、余裕があるようには見えない。それでも杉田氏を受け入れ、食事や寝る場所を分け、旅人を助けてくれた。
自分のほうが何かを与える側だと思っていたわけではない。むしろ、何も持たない自分が現地の人たちに助けられた。その経験は、旅の思い出として消費できるものではなかった。受け取ったものを、いつか別の形で返したい。そこから、現地に仕事をつくることへの関心が芽生えていった。
助けてもらった経験を、仕事をつくることで返していく
それは慈善というよりも、相手が自分の力で動き続けられる環境をつくるという考え方だった。人が働き、稼ぎ、家族を支え、次の人へ機会を渡していく。その循環を生み出すために、杉田氏は世界の現場へ足を運ぶようになる。
工場をつくり、急成長の先で崩壊を知る
東南アジアでは、輸出入だけでなくビジネスと雇用を生み出すために、複数の工場や加工拠点を立ち上げた。ゼロから拠点をつくり、人を集め、仕組みを整え、売上を伸ばしていく。事業は急速に成長した。数字が伸びるほど、次の投資が可能になり、できることが増えていく。海外で事業を動かす手応えも、確かにあった。

しかし、成長は永遠には続かなかった。インドネシアでは通貨危機や自然災害、フィリピンでは革命に直面し、社会の不安定化や環境の変化が重なって事業は崩れていった。昨日まで機能していた前提が、今日は機能しない。売上や組織を積み上げても、社会そのものが揺らげば、事業は簡単に足元を失う。
この経験から杉田氏が学んだのは、成長の方法だけではない。変化を前提に現場を見続けること。数字の向こう側にいる人や社会の状態を把握すること。そして、崩れた時に「終わった」と決めつけず、次に動ける場所を探すことだった。
イノベーションは、人と人の間から生まれる
杉田氏にとって、イノベーションは一人の天才が頭の中で発明するものではない。異なる経験を持つ人が出会い、言葉を交わし、互いの見えていなかったものに気づく。そのコミュニケーションの中から、まだ名前のない価値が立ち上がってくる。
その視点は、道具の歴史を考える時にも現れる。ハンドアックスのような原始的な道具も、目の前の課題に対する観察と、誰かとの知恵の交換から生まれたはずだ。縄文時代の人々も、自然を見て、周囲と関わりながら、暮らしを更新していった。
人との出会いとコミュニケーションが、次の価値を生む
だから、杉田氏は人に会う。現場に行く。自分の前提を持ち込むだけでなく、相手の話を聞き、状況を観察する。事業の種は、会議室の中だけではなく、世界のあちこちで起きている会話の中にある。
山火事、養殖、そして生きて帰るための判断
海外の現場では、想定外が日常だった。ボルネオ島では山火事に遭遇し、フィリピンでは魚の養殖に関わった。事業の可能性を探して赴いた先で、自然環境や地域の事情に直面する。机上の計画は、現地に足を踏み入れた瞬間に書き換えを迫られる。
武装勢力の存在がある場所や、覆面警察が現れる現場にも立った。危険を武勇伝として語るのではなく、そこではまず状況を把握し、生きて帰るための判断が必要になる。誰が何を望み、どこに危険があり、いま取るべき行動は何か。恐怖があっても、判断を止めるわけにはいかなかった。
もちろん、判断を誤ったこともある。仕入れの見込みを読み違え、事業に痛手を負った経験もあった。失敗をなかったことにせず、どの前提を見落としたのかを振り返る。その積み重ねが、現場での冷静さをつくっていった。
恐怖やストレスを、分析して動きながら切り替える
危険な状況で、恐怖やストレスに飲み込まれないためには、精神論だけでは足りない。身体がどのように反応するのかを理解し、いま自分に何が起きているのかを捉える。心拍が上がる。視野が狭くなる。判断が急ぎたくなる。そうした変化を含めて、自分を観察する。
そして、冷静に分析する。何が事実で、何が推測なのか。どのリスクを避け、どこなら動けるのか。考え終わるまで立ち止まるのではなく、動きながら情報を更新し、必要なら方針を切り替える。
冷静に分析し、動きながら切り替える
この姿勢は、海外の修羅場だけのものではない。事業の崩壊も、仕入れの失敗も、日々の経営も同じだ。状況を正確に見る。身体と心の反応を知る。次の一手を試す。失敗したら、また切り替える。杉田氏にとって、動くことは焦ることではなく、現実を理解するための方法なのだ。
引っ越しの多い子ども時代が、世界を見る目をつくった
この考え方の根は、海外での経験だけにあるのではない。幼少期、引っ越しが多く、環境が何度も変わった。新しい場所では、人間関係も一からつくらなければならない。いじめを経験したことも、他者の動きや場の空気を細かく見るきっかけになった。
その一方で、母親から受けた影響も大きい。母親は戦後、満州からの逃避行を経験し、戦後の混乱期に育った。自分で考え、簡単にあきらめず、外の世界を見ていく。誰かが用意した正解の中に閉じこもるのではなく、自分の目で確かめる。そうした価値観が、少しずつ育っていった。
ボーイスカウトでの出来事も、現在の思想につながっている。自然の中で仲間と行動し、予測できない状況に対応する。誰かの指示を待つだけでは、全員の安全も前進も守れない。観察し、考え、声をかけ、動く。その基本動作が、世界の現場に立つ時の身体感覚になった。
暑さから逃げるのではなく、人の動きを広げる
現在、杉田氏が株式会社メカリンクで取り組んでいるのが、パーソナルクライメートコントロール(Personal Climate Control)という構想だ。暑さが厳しくなると、人は屋内へ逃げる。屋外の仕事や活動は制限され、移動や交流も止まる。暑さは、単なる不快感ではなく、人の選択肢と行動範囲を狭める要因になる。
ならば、空間全体を冷やすだけでなく、一人ひとりの周囲に快適な環境をつくればいい。空冷ベストは、その発想を形にするプロダクトだ。着る人の身体の状態に寄り添い、暑さの中でも仕事や移動、活動を続けられるようにする。

暑さによって屋内へ逃げる人の現状を変え、動ける時間と場所を広げる
これは暑熱対策の商品開発にとどまらない。人が外へ出られる。現場に立てる。誰かに会いに行ける。世界のどこにいても、自分の身体を守りながら動き続けられる。杉田氏が見ているのは、その先にある人間の可能性である。
35社への広がりから、世界市場へ
空冷ベストの展開は、メディア露出を含めて35社に広がった。発売後2か月で2億円という数字にもつながり、台湾・韓国への展開も進んでいる。いずれも原点にあるのは、暑さによって止まっている人の動きを、もう一度動かすという課題だ。
目指す範囲は日本国内に収まらない。3年で20か国、5年で100か国へ。これは現時点の展望として掲げられている数値であり、未来を約束する数字ではない。それでも、世界の現場を見てきた杉田氏にとっては、遠い国の話ではない。地域ごとの暑さ、仕事、暮らしの違いを知り、現地の人と対話しながら、必要とされる形に更新していくための目標だ。
フィリピンで受け取ったものを、仕事をつくることで返したい。その思いは、いまや一つの地域だけでなく、世界中の人が動き続けられる環境をつくるという挑戦に広がっている。
考えることをやめず、リアルに会い、世界へ出る
若い世代へ向けたメッセージは、特別な近道を示すものではない。考えることをやめないこと。人とリアルに会うこと。あきらめずに行動すること。そして、世界へ出ること。
考えることをやめず、人とリアルに会い、あきらめず行動し、世界へ出る
画面の中には、たくさんの情報がある。しかし、フィリピンで助けてくれた人の温度も、山火事の煙も、危険な現場で感じる空気も、実際にそこへ行かなければ分からない。人と会い、現地を見て、自分の身体で確かめる。その経験が、考えを変え、次の行動を生む。
世界へ出ることは、華やかな成功を目指すことだけではない。失敗することもある。判断を誤ることもある。それでも、現実を見て、分析し、切り替え、また動く。その姿勢の先に、まだ見ぬ人との出会いと、次の仕事が待っている。
Editor's Note
動き続ける人は、世界の見え方を変えていく
杉田さんの話には、華やかな成功談だけではなく、崩壊や失敗、危険な現場の記憶が何度も登場した。それでも、話の重心は過去の苦労に留まらない。そこで何を見て、何を考え、次にどう動いたのか。その視線はいつも未来へ向いている。
幼少期の環境の変化、旅先で受け取った助け、海外でつくった工場、事業の急成長と崩壊。別々に見える経験は、「人の動きを止めない」という現在の思想の中でつながっていた。
空冷ベストが変えるのは、体感温度だけではない。暑さのために諦めていた仕事、外出、出会い、挑戦を、もう一度選べるようにする。その可能性を世界へ広げようとする杉田氏の歩みは、プロダクトの話でありながら、人が動き続けるための思想の話でもあった。


