「人ですね。」即答だった。
高知の魅力は何ですか。そう聞くと、照井裕介氏は迷わずこう答えた。最初に答えたのは、観光地でもない。食でもない。自然でもない。
さらに高知の人について聞くと、「みんなおせっかいなんですよ。」と笑う。ただ、そのあとに続く話が面白い。おせっかいで熱量がある。でも意外とシャイな人も多い。「どっちなんだよ、みたいな人も結構いるんですけどね。」そう言いながら、どこか楽しそうだった。
取材を終えて振り返ると、照井氏は地域の話をしているようで、実はずっと人の話をしていた。高知の魅力も人。地域の可能性も人。若い世代へのメッセージも人。そして未来につくりたいものも、人が集まる場所だった。

Profile
Yusuke Terui
照井裕介(てるい・ゆうすけ)
カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社及びカルチュア・エクスペリエンス株式会社 地方創生事業開発部 責任者/高知 蔦屋書店 本部責任者。新卒でCCCグループへ入社。25歳で高知へ赴任し、高知 蔦屋書店の立ち上げに携わる。現在は高知 蔦屋書店のCX本部責任者を務めながら、高知を中心に四国エリアで地域の魅力づくりや発信、企業・コンテンツ誘致など地方創生に関わる活動を行っている。
「地方へ行きたい」
高知との出会いは、少し偶然だった。照井氏は高知出身ではない。高知に強い縁があったわけでもない。赴任も会社都合だった。ただ、一つだけ自ら会社に伝えていたことがある。
「地方に行きたいです。」
今でこそ地方創生という言葉は珍しくない。しかし当時は、本社や都市部を目指す人も多かった。その中で照井氏の興味は地方に向いていた。理由を聞いても、壮大な理念は出てこない。ただ、地方にはまだ可能性がある気がしていたという。
若い頃はとにかく行動するタイプだった。面白そうな話を聞けば見に行く。気になれば会いに行く。海外のスポーツクラブの事例を聞いた時もそうだった。実際に現地まで足を運んだ。そこで見たのは施設ではなく、人が集まり、人が育ち、人と地域がつながっていく光景だった。その体験は今でも記憶に残っているという。
結果として赴任先になったのが高知だった。「高知に行きたいってお願いしたわけじゃないんですよ。」そう笑う。ただ気づけば、高知で過ごした時間はキャリアの大部分を占めるようになっていた。
「結果的に高知が好きになって今があります。」
どこか照井氏らしい言葉だった。
高知に足りないものを持ってくる
照井氏が高知で長く取り組んできたことの一つが、企業やブランドの誘致だ。高知は全国的に見ても、選択肢が限られる。全国チェーン。大型イベント。人気コンテンツ。都市部では当たり前のようにあるものが、高知にはないことも少なくない。
だからこそ照井氏は、高知に新しい体験を持ち込もうとする。「東京でやっていることが高知でもできる。そういう状態を増やしたいんです。」
これまでにもさまざまな企画やイベントに関わってきた。ただ、話を聞いているとイベントそのものが目的ではないことが分かる。高知の人たちに本物を体験してほしい。ワクワクしてほしい。その先で人が動き出してほしい。そんな思いが根底にある。
現在力を入れている地域の魅力づくりや発信も同じだ。高知を知る人が増える。高知に来る人が増える。そこで新しい仕事や出会いが生まれる。照井氏と話していると地域活性化という言葉よりも、人の流れが豊かになることに価値を感じているように感じた。

「謙虚じゃない」
今でも考え続けている。若い頃、上司から言われた言葉がある。「お前は謙虚じゃない。」当時は意味が分からなかった。だから考えた。何が謙虚なのか。なぜそう見えたのか。今でも完全な答えは出ていないという。
「未だに謙虚って何なんだろうなと思いますけどね。」
そう言って笑う。ただ、その言葉をきっかけに行動は変わった。エレベーターなら自分がボタンを押す。困っている人がいたら手伝う。頼まれる前に動く。率先してやる。「これが謙虚なのかなと思いながらやってました。」半信半疑だったが、いつの間にか「謙虚じゃない」と言われることはなくなった。
そして責任者になった今、逆の立場で考えることが増えたという。「人の話を10聞いてるつもりで、7しか聞いてない人っているんですよ。」少し笑いながらそう話す。そして、「今なら、当時の上司が見てた景色も少し分かる気がします。」と語った。
Turning Point
コロナを経て変わったこと
人生の転機を尋ねると、照井氏はコロナを挙げた。人が集まれなくなった。会えなくなった。イベントも止まった。それまで当たり前だったものが、急に当たり前ではなくなった。
だからこそ気づいたことがある。人が集まることそのものの価値だ。地域もコミュニティも、建物だけでは成立しない。人がいて初めて成立する。振り返ると、その頃から照井氏の関心はより「人」に向くようになったのかもしれない。
「村をつくりたい」
最初は意味が分からなかった。取材の終盤。未来について聞くと、「100人の村」という言葉が出てきた。実は最初からそう考えていたわけではない。地域で活動する人たちが、「村をつくりたい」と言っていたという。その時の率直な感想は、「この人たち何言ってんだろうなと思ったんです。」だった。思わずこちらも笑ってしまう。
ところが、地域でさまざまな人と関わる中で、その言葉が少しずつ理解できるようになっていった。飲食店がいる。デザイナーがいる。企画する人がいる。地域で活動する人がいる。それぞれが得意なことを持ち寄る。会社でもない。組織でもない。でも仲間としてつながっている。そんな集まりが増えたら面白い。
「100人くらいの仲間がいて、何か一緒にできる場所があったら面白いですよね。」

それが照井氏の描く未来だ。関わる人を増やすこと。地域づくりと仲間づくり。照井氏の中では、その二つは最初から分かれていないように見えた。
あこがれる大人を見つけてほしい
若い世代へのメッセージを聞くと、照井氏はこう答えた。「あこがれる大人を見つけて、一緒に仕事をしてほしい。」知識でもない。資格でもない。まずは人だという。
振り返れば、自身もそうだった。興味を持った人に会いに行く。面白そうな場所に行く。実際に見てみる。若い頃から続けてきたその行動が、今につながっている。
口癖は、「なんとかなる。」だという。もちろん本当に何とかなると思っているわけではない。ただ、最後は人が何とかしてくれるし、自分も何とかする。そんな意味が込められているように聞こえた。
Editor's Note
編集後記
高知の魅力を聞かれて真っ先に「人」と答えた照井氏。取材が終わる頃には、その答えに少し納得している自分がいました。
人に会う。面白がる。一緒にやる。気づけば仲間が増えている。そしてまた新しいことが始まる。
「100人の村」も、もしかすると壮大な計画から生まれるものではなく、そんな積み重ねの先に自然とできていくものなのかもしれません。
数年後、照井氏に再び会ったとき、「いや、気づいたらできてたんですよ。」そんなふうに笑いながら話していても、不思議ではない気がした。


